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スパイスティーに欠かせない「紅茶」の歴史

2017/10/19 スパイスとお茶

紅茶、緑茶、烏龍茶などのお茶の原料は、中国で伝統的に栽培されていたツバキ科ツバキ属の常緑樹「チャノキ(Camellia sinensis)」。この葉を全く発酵させないのが緑茶、半発酵にしたものが烏龍茶、完全発酵させたものが紅茶です。

お茶自体の歴史としては、紀元前2000年以上前に中国で発見され、不老長寿の薬として飲まれたのが始まりと言われています。実際に茶の栽培が始まるのは4世紀頃、飲料としては7世紀頃から当初は高貴な人々の間でのみ緑茶が飲まれるようになったとのこと。その後、農業の発展と共に茶の生産が盛んになるにつれ、一般市民の間にもお茶を飲む習慣が広がっていったと言われています。

ヨーロッパに最初に茶を持ち込んだのはオランダ

現在の紅茶の原型といえる発酵茶が登場したのは10~13世紀頃と言われていますが、紅茶の歴史が本格的に始まるのはヨーロッパ諸国がアジアへの海上貿易に進出した17世紀初頭。ヨーロッパ人が茶と初めて出会ったのは16世紀の半ば頃、ヴェネツィアの商人とも、ポルトガルの宣教師とも言われていますが、本格的な伝来は1610年頃にオランダの東インド会社が中国の茶を持ち帰ったことがきっかけだと言われています。ちなみに、当初はまだ紅茶ではなく不発酵の緑茶だったといい、まずはこの緑茶がフランス、イギリスへと伝わっていきます。

当時香辛料貿易に重点を置いていたイギリスでは、オランダから遅れること数十年後の1650年頃に喫茶の習慣が始まり、1657年にトーマス・ギャラウェイが貴族の社交場であったロンドンのコーヒーハウスで初めて茶を販売します。また、1662年にイギリス王室に嫁いだポルトガルの王女キャサリンは、当時貴重だった砂糖とともにお茶を大量に持参し、贅沢な喫茶の習慣を宮廷にもたらしたとのこと。それが次第にイギリスの貴族社会に広まっていったといいます。

茶の普及が始まると、当時茶の輸入を独占していたオランダに不満を持つようになったイギリスは、茶の輸入を禁じる法律を1669年に制定、2国間で戦争が勃発します。結果、戦争に勝利したイギリスはオランダから茶の輸入権を剥奪し、1689年から中国福建省廈門(アモイ)を拠点に茶の輸入を開始します。こうして、1813年に紅茶の輸入独占が廃止されるまでの1世紀余、イギリス東インド会社は茶の輸入を独占し、これが大英帝国繁栄の礎になったとも言われています。

イギリスで花開いた紅茶文化

廈門に拠点を置いたことは、イギリスにおける紅茶文化の発展に大きな影響をもたらしたといえます。というのは、廈門のお茶は半発酵の烏龍系のお茶で、苦味と味の強さにおいて不発酵の緑茶よりイギリス人の嗜好に合っていたと言われているからです。この半発酵のお茶の味をさらに強めるべく発酵を進めた結果、完全発酵の紅茶が出来上がったとも言われています。

貴族の間でのみ行なわれていた喫茶の習慣は、18世紀中頃から始まった産業革命をきっかけに中産階級の人々の暮らしにも定着し、イギリスにおける紅茶の普及はますます進んでいきます。19世紀に入り、イギリスによる茶の輸入独占は終了しますが、イギリスの紅茶文化はここで新たな局面を迎えます。イギリスは新たな茶の入手手段として植民地のインドやセイロン(現スリランカ)に着目し、1830年代に茶の栽培をスタートさせたのです。

そして、これを後押しするかのように様々な発見や開拓もされます。1823年、イギリスの冒険家ブルース兄弟はインドのアッサム地方で中国種とは別種の自生のチャノキを発見し、1839年にこの地で本格的に「アッサム種」の栽培をスタートさせます。また、1845年には、イギリスの植物学者フォーチュンが緑茶と紅茶の原料が同じチャノキであることを発見し、中国種のチャノキの苗をインドのダージリン地方へ導入することにも成功します。彼らの功績は、インドとセイロンの茶産業の発展に大きく寄与し、ヨーロッパの茶市場においてインドとセイロンの茶は中国茶をはるかに上回る存在となりました。そして、茶産業を手中に収めたイギリスは、紅茶文化をますます花開かせていったのです。